医学部予備校は福岡・長崎・熊本・鹿児島のPMDへ

1、本質(目的)を見失わないこと

 受験においても,それ以降の仕事や人生全般においても、自分の行動の「本質(目的)」を見失わないことは非常に重要なことです。逆に言うと「今自分がしていることは、自分が達成したい目的のために正しいプロセスなのか?」ということを常に考えなくてはなりません。

 受験においてこのことを感じた私の高校時代のエピソードが一つあります。ある英語の期末試験の直前期に、私の近くに座っていた同級生同士がこんなことを話していました。

同級生A「ねえねえ、なんでメアリーはおばあさんの家に行かなかったんだっけ?」

 私の高校の英語の期末試験は、授業で扱った独自の英語長文から問題がそのまま出題されます。それなので、この同級生Aは「英語の勉強」ではなく「長文の内容を日本語で覚える」という作戦に出たのです。このことはあながちバカにできるものではありません。日本語で内容を覚えていれば、試験中に英語の長文を読む必要がないので、時間が足りなくなる心配もないですし、英語をその場で読むよりも完成度の高い解答ができるはずです。

 したがって、この同級生Aの行動は、「英語の期末試験で高得点をとる」という目的を達成するためには、ほぼ最善策であると言えます。しかしながら私が問いかけたいことは、この同級生Aは「“なんのために”英語の期末試験で高得点をとる」のかを明確に考えていたか?ということです。もし仮に「自分は大学入試で推薦を考えていて、英語の実力よりも高校の内申点のほうが大事だから」、「この試験で高得点をとらないと留年だから」等の明確な理由があるならばこの同級生Aの行動には納得がいきます。しかし、大半の高校生の勉強の本質的な目的は
「教養を得ると同時に大学入試を突破できる学力を身につけ、希望する学部に進学し、将来の自分の夢(キャリアビジョン)を実現するため」
ではないでしょうか?この観点で考えると、上記の同級生Aの行動はなに一つとして意味がありません。英語の力も向上せず、もちろん大学入試を突破できる実力がつくわけもありません。たとえ期末試験がボロボロの結果になったとしても、英単語をいくつか覚えるほうがまだマシだったはずです。

 このような事例は、実は同級生Aに限ったことではなく、社会のあらゆる場面で頻繁に起こっているように思います。そしてそのことが、成功する人・失敗する人を分ける大きな要因の一つになっていると感じます。

 「今自分がしていることは、自分が達成したい目的のために正しいプロセスなのか?」

 そのことを絶えず考え、目的意識を明確にすることが重要ではないでしょうか。